音楽の共有が善悪で分かれたその理由

音楽を共有すること

「「共有」という言葉を少し調べると、1つのものを2人以上が同時に使うこと、といった意味。
感情の共有や所有物の共有といった意味でよく使われる言葉だが、最近ではこの共有という言葉に新しい意味があるのではないかと
その理由がインターネットを代表とする情報の共有、ソーシャルメディアによる多人数と横の繋がり(コミュニティ)が生まれたことにある。

現在でも使用する人間がいるといわれているファイル共有システムだが、これの登場によって、情報の共有、特に知的財産などへの侵害といった問題がインターネットの利用に表面化してきたのだと感じる。
そのデータの共有の中には、もちろんのことだが音楽も含まれている。少し前まではレコードやCDといった物理的な記憶媒体で保存することが主流であり、その一枚のCDを友人達で共有しながら楽しむ、ほんとうの意味での「音楽の共有」があった。

これに対して問題は無い、しかし、インターネット上で音楽を共有することは悪となる。
そこには、先ほども言った知的財産の侵害、著作権の侵害といった問題があるからだ。ライブで勝手に録音録画、無許可でライブ音源をとるのは、多くのコンサートやライブ会場で禁止されている。
確かに、これらは必要なものであり、アーティストや発行元のレーベルにとってはより良い作品を世に生み出すために守らなければならない。しかし、思うことがある。共有すること事態を悪としてしまう風潮があるが、これは、音楽業界にとってもマイナスになるのではないか?という疑問。

インターネットは多くの人、それこそ世界中の人に知ってもらうことが出来る、世界唯一のツールといってもいい。そこで共有されるということは1つの価値ではないのか?
別に海賊版など権利を侵害する行為を擁護する気はさらさら無いが、著作権の保護もインターネットを使った共有するといったことに対してもっと違ったアプローチが今後必要になるのではないだろうか。